相続・死後の手続き

家族信託とは|メリット・デメリット・費用と『組む前に整える』生前整理視点ガイド

家族信託とは|メリット・デメリット・費用

親の認知症が進んだとき、口座が凍結されて日常の支払いも動かせなくなった——そんな経験談を耳にして、不安を感じている方は少なくありません。家族信託はその備えとして注目される制度ですが、仕組み・費用・落とし穴をしっかり整理してから判断しても遅くありません。本記事では制度の基本に加え、「組む前に家族で整えておくこと」という生前整理ならではの視点でガイドします。

免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的・税務上の判断にはあたりません。家族信託の組成・相続税・契約条項については、司法書士・弁護士・税理士にご相談ください。

家族信託とは——3人の登場人物と「財産の預け先」という発想

家族信託は「委託者・受託者・受益者」の3者関係で成り立ちます。具体的なイメージを持つと仕組みが格段に分かりやすくなります。

たとえば、父(80歳)が自宅と預金2,000万円を「息子(50歳)に管理してもらいたい」と考えているとします。このとき、財産を持つ父が委託者、管理を任される息子が受託者、財産から生まれる利益を受け取る父本人と母(配偶者)が受益者になります。息子は名義上の管理権限を持ちますが、財産から得られる家賃収入や利息はあくまで父・母に渡ります。「管理する権限」と「利益を受け取る権利」を分離するのが家族信託の核心です。

法的根拠は信託法(e-Gov法令検索)第2条に規定されており、2006年の信託法全面改正によって民間の家族間でも柔軟に活用できる制度として整備されました。

なお、商事信託(信託銀行が受託者になるもの)とは区別されます。信託銀行の商品は運用益を期待する金融商品としての性格が強く、費用体系や管理の自由度も大きく異なります。家族が受託者になる「民事信託」として設計するのが家族信託の特徴です。

家族信託の準備を進める際は、生前整理全体の状況確認と並行して進めると整理がスムーズです。→ 生前整理チェックリストを確認する

家族信託で「できること」——3つの機能と具体ケース

家族信託が注目される理由は、主に次の3つの機能にあります。それぞれ具体的な場面で考えてみましょう。

1. 認知症後も財産管理を止めない

通常、本人の判断能力が低下すると銀行口座の操作や不動産の売却が事実上困難になります。事前に家族信託を組んでおくと、認知症と診断された後も受託者(息子など)が継続して財産管理を行えます。たとえば「施設入居費用を捻出するために自宅を売りたい」という場合でも、信託契約で不動産の処分権限を受託者に与えておけば手続きが止まりません。厚生労働省の推計によると2040年には65歳以上の認知症患者が約584万人に達するとされており(厚生労働省「認知症および軽度認知障害の高齢者数と有病率の将来推計」)、元気なうちの備えの意義は大きくなっています。

2. 遺言書に近い機能——財産の行き先を生前に決める

信託契約に「委託者が亡くなった後、残った信託財産を誰に渡すか」を記載しておくことができます。たとえば「父が亡くなったら自宅は息子へ、預金は母へ」と明記しておくと、遺言書を別途作成しなくても財産の行き先が確定します。ただし、信託財産の外にある財産(信託していない口座・保険金など)には効力が及ばないため、遺言書との組み合わせが推奨されるケースもあります。遺言書の基本については遺言書の書き方・基本ガイドもあわせてご覧ください。

3. 二次相続まで設計できる

通常の遺言書では「自分が亡くなった後の一次承継」しか定められません。家族信託は「父が亡くなったら母へ、母が亡くなったら長男へ」という二世代にわたる財産移転を一つの契約に織り込めます。たとえば認知症リスクのある配偶者(母)への配慮をしながら、最終的に子世代への承継まで設計したいご家族にとって有効な手段です。

ただし、家族信託を組んでも相続税の計算は通常どおり行われます。税務上のご相談は別途税理士に確認することをおすすめします。

家族信託の費用——内訳と総額の目安

費用は財産規模や専門家によって幅がありますが、主な内訳は以下のとおりです。

費用の種類

目安

備考

専門家報酬(司法書士・弁護士)

30万〜100万円

信託財産額に応じて変動。最低報酬を設定している事務所が多い

公正証書作成費用(公証役場)

5,000円〜5万円程度

信託財産の価額に応じた手数料。不動産・預金の合計額により変わる

信託登記費用(登録免許税)

固定資産税評価額×0.4%

不動産を信託財産に含める場合に発生。司法書士報酬は別途

信託口口座の開設費用

無料〜数万円

金融機関によって異なる。手数料ゼロでも審査に時間がかかることがある

これらを合計すると、総額50〜130万円前後が目安です(財産規模・内容・専門家によって大きく異なります)。高額に感じられますが、法定後見制度では後見人報酬として月2〜6万円程度が長期間にわたり発生するケースもあり、長期コストの比較も大切です。費用の詳細は専門家に個別見積もりを依頼してください。

免責事項:上記はあくまで一般的な目安であり、個別の費用を確定するものではありません。

家族信託のデメリット・落とし穴——5つの制約を正直に

前向きな制度である一方、知っておかないと後悔するポイントがいくつかあります。

1. 相続税への効果はない

「家族信託を組むと相続税が安くなる」と誤解している方がいますが、信託したからといって相続財産の評価額は変わりません。父から息子に管理権限を移しても、受益者が父のままであれば父の財産として課税されます。信託と相続税対策は別の話として整理し、税務上のご相談は税理士に確認することが大切です。

2. 不動産の損益通算ができない

信託財産に含まれる不動産から損失が生じた場合、その損失を信託外の給与所得や他の不動産所得と相殺(損益通算)することが原則できません。たとえば信託した賃貸マンションが赤字になっても、受託者の給与所得との通算は認められません。賃貸不動産をお持ちの方は、信託に組み込む前に税理士への確認を強くおすすめします。

3. 受託者の負担と責任(年次報告義務)

受託者は財産管理の実務を継続して担います。具体的には、信託財産の収支を帳簿に記録し、毎年受益者(親など)に報告する義務があります。遠方在住・仕事が多忙・家族関係が複雑な場合、この負担が受託者の精神的・肉体的なストレスになることも少なくありません。受託者候補者が長期間継続できるか、事前に家族でしっかり話し合っておくことが欠かせません。

4. 認知症発症後は組成できない

信託契約は「委託者(親)が意思能力を持っている状態」でなければ締結できません。認知症と診断されてからでは、新たに信託契約を結ぶことができません。「認知症になってから考えよう」と後回しにしていると、気づいたときには間に合わないケースも起こります。元気なうちに準備を始めることの大切さは、他の制度と比べて特に大きい点です。

5. 受託者が先に亡くなる・トラブルを起こすリスク

長期間にわたる信託では、受託者(子など)が先に亡くなるケースや、受託者が財産を私的に流用するといったトラブルのリスクもゼロではありません。こうしたリスクへの備えとして、信託監督人(弁護士や司法書士など第三者)を設置する方法があります。監督人を設置することで受託者の行動を定期的に確認できますが、監督人への報酬が追加費用として発生する点も踏まえて検討してください。

家族信託・任意後見・遺言——3制度の比較表

財産管理・生活支援をどの制度で備えるかは、目的と状況によって大きく変わります。10の観点で比較します。

比較の観点

家族信託

任意後見

遺言書

適用時期

元気なうちから。認知症後も継続

元気なうちに契約。発動は判断能力低下後

亡くなった後に効力が生じる

組成できる時期

判断能力がある間のみ

判断能力がある間のみ

判断能力がある間のみ(公正証書遺言推奨)

効力の発生

契約締結と同時(即時)

家庭裁判所が後見監督人を選任してから

委託者の死亡後

財産管理

対応可(信託財産の範囲内)

対応可(全財産)

対応不可(生前の管理には使えない)

身上監護(医療・施設)

対応不可

対応可

対応不可

裁判所の関与

原則なし(柔軟性が高い)

後見監督人を通じた関与あり

検認(公正証書遺言は不要)

変更の可否

委託者・受託者・受益者の合意で変更可

判断能力があれば変更可

遺言者が生存中は随時変更可

二次承継の設計

可(複数世代にわたる承継を1契約で設計)

不可

原則不可(一次承継のみ)

初期費用の目安

50〜130万円程度

5〜15万円程度(公正証書化含む)

1〜15万円程度(自筆なら安価)

継続費用

受託者報酬(家族なら無報酬も多い)+信託監督人報酬

後見人・監督人報酬(月1〜6万円程度が継続)

執行時のみ(遺言執行者報酬)

家族信託と任意後見を組み合わせることで「財産管理は信託、身上監護は任意後見」と役割分担する設計が多く見られます。任意後見契約の詳細は任意後見契約の基本と手続きをご覧ください。死後の事務手続きは死後事務委任契約とは何かもあわせて参照いただくと、3制度の全体像が整理されます。

信託口口座のハードル——開設できない事態を防ぐために

信託財産を管理するには、専用の「信託口口座」の開設が不可欠です。ところがこの口座、すべての金融機関で手軽に開設できるわけではありません。

メガバンク(三井住友・三菱UFJ・みずほ等)や大手地方銀行は、一般的に信託財産が3,000万円以上でないと信託口口座に対応しないケースが多く見られます。また、審査に1〜2か月程度かかることも一般的です。さらに、専門家(司法書士・弁護士)が信託契約書の作成に関与していることを開設条件とする金融機関も少なくありません。

もう一つの落とし穴は、「普通口座を信託口扱いにしてしまうこと」です。通常の普通口座に「信託専用」と名前をつけただけでは、正式な信託口口座とは見なされません。受託者の個人口座と信託財産が混同されるリスクがあり、受益者保護の観点から問題が生じることがあります。信託契約書の完成と同時に、対応できる金融機関への確認を専門家と一緒に進めることが大切です。

地方の信用金庫や一部のネット銀行が比較的柔軟に対応するケースもあります。どの金融機関が対応しているかは専門家に相談するのが現実的です。

家族信託を組む前に整えておきたい3つのステップ

専門家に相談する前に、家族で「何を・誰に・どう引き継ぐか」を整えておくことが、信託設計をスムーズにする最大のカギです。

信託契約書という「情報の整理」から入ると、肝心な「親が何を大切にしてきたか」「誰に何を受け継いでほしいか」という心の部分が抜け落ちます。生前整理普及協会が提唱する「モノ→心→情報」の順番は、家族信託の準備にもそのまま応用できます。法律の話に入る前に、人と心を整える——その順番が後悔のない設計につながります。

ステップ1:人生振り返りノートで親の財産観・価値観を言語化する

生前整理普及協会が推奨する5つの実践メソッドの一つが「人生振り返りノート」です。出生から現在までのエピソードを書き出すことで、親自身が「自分の人生で本当に大切にしてきたもの・こと・人」を言語化できます。

このノートを家族信託の準備に活かすとき、特に「現在の自分・Favorite List」のパートが役立ちます。「この家にいつまで住み続けたいか」「収益不動産は誰に受け継いでほしいか」「孫の教育費のために残しておきたい金額はいくらか」——これらの問いへの答えは、信託契約で何を信託財産に含めるか、受益者の範囲をどう設定するかという設計の根拠になります。専門家に相談する際も「親がこういう意向を持っている」と具体的に伝えられると、契約内容が格段にクリアになります。

何のために、誰のために守るか」を言語化することが、法的な契約内容の骨格を作ります。エンディングノートとの違いや書き方についてはエンディングノートの書き方ガイドもあわせてご覧ください。

ステップ2:家族会議で受託者・受益者・信託期間を仮決めする

受託者候補となる子や家族が集まり、親の意向を共有する場を作りましょう。家族信託において「家族の合意」は法的契約よりも先に来るものです。

話し合っておくべき主な論点は4つあります。「誰が受託者になるか(複数候補がいる場合はどう調整するか)」「信託財産に何を含めるか(不動産・預金・有価証券など)」「受益者は誰にするか(親本人のみか、配偶者も含めるか)」「信託期間をどう設定するか(親の死亡まで、または第二受益者の死亡まで)」。これらを事前に整理しておくことで、専門家との初回相談が格段にスムーズになります。

「何のために信託を組むのか」「受託者の負担をどう家族で支え合うか」という合意なしに契約書だけを先行させると、後で兄弟間の摩擦や受託者の孤立につながることがあります。家族みんなが納得している状態が、長く機能する信託の土台です。親の財産と価値観の把握については親の財産を把握するための方法も参考にしてください。

ステップ3:思い入れ箱の整理で、金銭以外の継承物を明確にする

「思い入れ箱」は、みかん箱サイズの箱に金銭的価値はないが家族にとって大切な品——形見・写真・手紙・思い出の品——を収めるメソッドです(生前整理普及協会推奨)。

家族信託が扱えるのは不動産・預金・有価証券といった財産です。しかし、「この家には先祖代々の書きものが保管してある」「母が大切にしていた食器セットは長女に渡したい」といった金銭以外の継承物は、信託契約の外側に存在します。思い入れ箱の整理をすることで「信託で守れるものと、家族の気持ちで守るべきもの」の境界線がはっきりします。

家族信託で守るべきは金融資産だけではありません。制度の設計と並行して、心の継承を家族で話し合っておくことが、本当の意味での「家族のための信託」につながります。「モノ→心→情報の順番」という原則を、ぜひここでも意識してみてください。

専門家の役割分担——司法書士・弁護士・税理士の違い

家族信託の組成には複数の専門家が関わります。それぞれの役割を理解しておくと、相談先を選ぶときに迷いません。

司法書士——契約書作成と登記の中核

家族信託の実務において最も中心的な役割を担うのが司法書士です。信託契約書のドラフト作成、公証役場への同行、不動産の信託登記申請を一気通貫で進められます。信託口口座の開設に慣れた金融機関とのやり取りも、実績ある司法書士が連携してくれることが多いです。相談の入り口として、信託組成の実績がある司法書士を探すことをおすすめします。

弁護士——相続トラブルの予防と家族間調整

兄弟間の利害が複雑だったり、信託財産をめぐって反発が予想されるご家族の場合は、弁護士との連携が力強い選択肢になります。将来の遺産分割紛争を見越した契約条項の設計、信託監督人としての就任、家族間の合意形成サポートなど、法律的な紛争予防の視点が加わります。

税理士——贈与税・所得税・相続税の確認

信託の組成に伴って税務上の論点が生じる場合があります。たとえば受益者の変更が実質的な贈与にあたらないか、信託財産の不動産から生じる所得の申告はどう扱うか、相続発生時の税務申告への影響はどうかといった点です。これらは信託組成前に税理士に確認しておくと安心です。税務上のご相談は信託に詳しい税理士へ個別に依頼してください。

複数の専門家がチームを組んで対応するケースも多く、その方が全体のリスクを漏れなく拾えます。「司法書士が窓口、税理士と弁護士が適宜サポート」という体制が一般的な進め方です。

まとめ——「家族で話し合うところ」から始める

家族信託は「難しそう」という印象を持たれやすい制度ですが、最初の一歩は難しくありません。まず家族で「何を守りたいか」「誰に任せたいか」を話し合うところから始められます。

制度の仕組みを理解したら、今日できることはひとつだけ決めてみましょう。人生振り返りノートに親の大切にしてきたものを少しずつ書き留めること、あるいは家族会議の日程を相談してみること——小さな一歩が、後悔のない設計への道を開きます。

家族信託は単体で完結するものではなく、任意後見・遺言書・死後事務委任契約といった制度と組み合わせて初めて「もしものとき」に強い備えになります。全体の設計は生前整理チェックリストで現状を確認してから専門家に相談するとスムーズです。

免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的・税務上の判断にはあたりません。家族信託・相続税・遺言に関する個別のご相談は、司法書士・弁護士・税理士にお尋ねください。

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この記事の監修者

大久保 亮佑

生前整理アドバイザー2級/株式会社Kogera 代表取締役社長

株式会社Kogera「生前整理支援センター ふれあいの丘」運営。実家じまい・遺品整理・生前整理の進め方を、当事者とご家族の目線でわかりやすくお届けしています。監修者プロフィール →

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